やる気のある研修医の進路。成功するのは一握りという厳しい現実




働き始めたばかりの研修医の中には、すごくやる気に満ち溢れている方は多いですね。

医者として成功してやろうと考えている初々しい研修医の先生も多いのではないでしょうか。

とはいっても、実際に成功を掴める医者はごく限られています。そんな研修医たちは、初期研修医を終えてどのようなキャリアを形成するのでしょうか。

有名研修病院から海外留学、出世のパターン

これが研修医の中でも1番の成功者のパターンでしょうね。具体的なキャリアの積み方は、下記の通りです。

医学部の学生時代から高い志を持ち、国内の有名研修病院で初期研修を行います。

そこでは研修医としての基礎的知識・技術に加え、英語力も獲得し、満を持して米国の病院で臨床業務を続けていきます。

さらに米国に留学した後も類い稀な努力によって業績を積み上げ、40歳近くになってから日本の医学部教授として帰ってくるというパターンが、最も王道で成功者のパターンでしょうか。

具体的には神戸大学・感染症内科の岩田健太郎氏新潟大学・小児科の斎藤昭彦氏などでしょうか。

岩田先生は沖縄中部病院、コロンビア大学などで勤務されていますし、斎藤先生は聖路加国際病院、UCLAなどで勤務されています。

日本の医学部を卒業した臨床系医師のキャリアとしては、最高峰といってよいでしょう。

ただしこのようなキャリアを形成できるのは、有名研修病院で勤務している研修医の中にあっても、ごくごく一部であることを十分に心得ておくべきでしょう。

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有名研修病院からドロップアウトしてしまうパターン

有名病院で研修したからといって、全員が成功できるわけではありません。あえなく夢破れる研修医もいます。

有名研修病院では、周囲の研修医もやる気のある医師で溢れていること多いでしょう。当然のごとく研修医同士の競争が激しくなります。

また一部の病院では研修医の勤務実態は非常に過酷であり、肉体的にも精神的にも非常に負荷がかかります。

研修医の中には、そのような競争や負荷に耐えることができず、途中でドロップアウトしてしまう先生も少なくはありません。

私が知っている先生たちも、何名かは有名病院での研修中にドロップアウトしてしまいました。

有名研修病院から通常のキャリアを積むパターン

また有名研修病院で研修を行ったとしても、その後は通常のキャリアに戻る研修医もいます。

初期研修後を行った後に大学病院の医局に入るとか、あまり医局色の強くない民間病院で勤務する先生も多くおられます。

この場合には、初期研修病院は違えども、3年目からのやる気のない研修医と同じキャリアになってしまいますので、せっかく苦労して就職した有名研修病院のアドバンテージはなくなってしまいます。

将来の見通しは難しくて、有名研修病院で働いてたとしても、結婚や家庭の事情により、キャリアに制限が出てしまう場合も多々あります。

10年も15年も経過すれば、どこで初期研修を行ったのかなどは臨床能力や業績にはほとんど影響してこないでしょう。

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大学病院で研修を行い、研究で成果を出す

やる気のある研修医の中にも、最初から大学病院で研修を行う医師もいます。

大学病院での研究を念頭に置いて早いうちに医局に入り、研究生活に入ります。

その後は研修を継続して業績を積み上げ、出世していくパターンですね。

研究で業績を積むのは運やタイミングなど、自分の実力以外の不確定要素が大きく影響してくるのですが、研究で業績を出すとするならば、このパターンが多いでしょうか。

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キャリアは環境に大きく左右される可能性

ここまで、やる気のある研修医のパターンを考察してきました。

医者の場合には、個人の医師とか能力より、環境の選び方が大きくキャリアに関わってくるといってよいでしょう。

どんなに優秀な能力を持った医師であっても、地方病院のいち勤務医であれば教授になったり脅威的な業績を挙げることはほぼ不可能です。

学会や医療界から注目されるような素晴らしい業績を残すためには、どうしても有名病院や大学病院、もしくは海外の研究機関に勤務することが必要になります。

このあたりは、医師の出世に関しては能力よりもまずは環境が重要であると思われますね。

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