【勤務医の視点】JAL DOCTOR登録制度の概要と問題点

2016年からJALは新たなサービスをはじめました。JAL DOCTOR登録制度です。

JAL側があらかじめ機内に医師が搭乗しているのか、搭乗しているとすればどの座席に座っているのかを把握します。

そしてフライト中に急病人が出ればフライトアテンダントがすぐさま医者の席にかけつけて、応援を求める制度のようです。

ついに医師は、自宅にいるときや外出先に加えて、航空機内にいるときもオンコール体制になるのかもしれません。

JAL DOCTOR登録制度

JAL DOCTOR登録制度とは?

当登録制度は、医師資格証をお持ちの医師の方に任意でのお願いになります。 JALグループ便機内で急病人や怪我人が発生し、医療援助が必要となった場合、登録いただいた医師の方へ客室乗務員が直接お声掛けをさせていただく、国内航空会社では初めての取り組みとなります。

ご登録時に医師情報が登録されますので、JALグループ便ご予約の際にお得意様番号を登録いただくことで、緊急医療が必要な事態が発生した場合、客室乗務員が医師の方に速やかに援助をお願いさせていただくことが可能となります。

※飲酒や体調不良など、対応が困難な場合は、その旨を客室乗務員へお伝えくだされば、ご辞退いただくことも可能です。

JALホームページ

ちなみにANAも同様の制度を開始しています

【医師の視点】ANA Doctor on boardは考えもの。医者に厳しいシステムかも

2017年1月4日

航空機の中でできる医療は限られている

航空機の中では、普段病院では当たり前に利用できる医療機器などが存在していません。

レントゲン装置ももなければ超音波の医療機械もなく、せいぜいあるのは心電図やAEDだけのようです。

血圧や呼吸の様子から緊急性があるかないか、程度はなんとなく判断できるかもしれませんが、それ以上の判断は難しそうです。

病気の診断をつけるのはほぼ不可能でしょうし、症状が軽くても実は緊急的な状況だったということもよくあります。

つまり大前提として、普段行なっている医療レベルには到底及ばない現実を認識する必要があります。

JALドクター登録制度の問題点

私自身は幸か不幸か「お医者様はいらっしゃいませんか〜?」というアナウンスの現場に遭遇したことはありません。

それに公共交通機関で人助けをしたこともないのですが、医者としてはいろいろと疑問のある制度です。

JALの特典がしょぼい

まず、JAL側の特典がケチすぎること。

この制度に登録すればJALのラウンジを無料で使えるとのことですが、私の周りの医師は当然のようにすでに航空会社のラウンジを使っています。

そうでなくとも仕事関係の場合は空港に到着するのが出発時刻のぎりぎりで、ラウンジを利用する暇がないことは多々あります。

仮にですけれども、この制度を機内での待機、当直と考えると、時給3-4000円はもらってもいいはずです

巷で数多募集されている医師の当直バイトは、最低ラインでも時給3000円くらいですので、ラウンジ無料だけでは魅力が薄いのではないでしょうか。

もちろん拘束力のある当直業務と強制力のないJALの制度は簡単には比較できませんが、ちょっと医者の善意に頼り過ぎかなぁ、という印象はあります。

過失に対するフォローが甘い

次に医療行為の過失が起きた場合の説明が物足りないことも、登録を不安にさせます。

日本では緊急自体における救急や医療行為における免責を保証した「善きサマリア人の法」が明文化されていません。

善きサマリア人の法

災難に遭ったり急病になったりした人など(窮地の人)を救うために無償で善意の行動をとった場合、良識的かつ誠実にその人ができることをしたのなら、たとえ失敗してもその結果につき責任を問われない

Wikipedia

したがって日本では驚くことに、たとえば冬山の遭難者救助に失敗した救急隊や、過疎地の病院での専門外診療の過失を問われた医師が裁判で敗訴する事例が多くみられます。

し善意の行いを結果が悪かったからと非難されてしまうのは、医療者側としては辛いものです。

このような状況が続いていけば、消えそうにない火事を消し止めようとする消防士はいなくなり、路上の急病人を助ける救急隊員はいなくなり、耳鼻科の疾患を夜中にみる外科医はいなくなってしまうでしょう。

したがってこの制度のように、勤務時間外の善意で行われるべき緊急自体の医療行為を、医師登録という形で半ば強制的に、かつ責任の所在を曖昧にしてしまうといろいろ問題が起こりそうな気がします。

航空会社からすれば医師として登録して、ラウンジも使わせてやってるんだ、というスタンスなんでしょう。

しかし本来は多大なコストと責任が関わる医師の待機を、あまりにも軽視しているような気がします。

もしも医療者側に過失があった場合どうなるのか、という不安

JALのホームページには、「民事上の損害賠償責任が生じた場合には、会社側の賠償責任保険を適用する」と書いています。

意地悪に解釈すると、刑事責任は簡単に問えてしまうという事では無いでしょうか。

これは医療者側の共通の認識だと思いますが、医療裁判において過失の有無を認定するにあたって、現状はあまりにも患者さんに有利な状況にあると思います。具体的には裁判を起こした者勝ちという状況になりつつあります。

医療訴訟になり民事賠償を決定する判決をたくさんみますが、どうして賠償責任を問えるのか、と疑問を持つ判決をたくさんあります。

よく言われることですが、人間は機械ではありませんので、100人の患者さんに対して全く同じことをしたとしても、不幸な結果になる方は必ず1人か2人はいます。

食道がんや膵臓癌などの難しい手術の場合は、それなりに熟練した外科医が手術したとしても、手術後の予期せぬ死亡率がだいたい2パーセントから3パーセントと言われています。

飛行機で名乗り出ずらい

果たしてそのような現状の中で、飛行機の中で名乗り出る医者がいるのかということです。

おそらくほとんどの医者が、困っている人のために苦しんでる人のために働きたいと思っているはずです。

だからこそ土曜日や日曜日にも病院に行って患者さんを見に行きますし、平日でも夜遅くまで働いています。

しかし不確定要素が多い航空機内の救急対応においては、「お医者さんはいらっしゃいますでしょうか」というアナウンスが流れたとしても、多分名乗りでる医者は限られるでしょう。

現在の制度や医療環境を考慮すると、あまりにもリスクが大きいと感じる医者が多いのではないでしょうか。

今後に向けて

これはJALだけの問題ではありませんが、法律や社会の風潮が、病院外での緊急事態の医療についてはその責任を問えないような制度に変わっていくことが必要なのだと思います。

そうでなければ、病院の外で安心して医療を行うことのできる医療関係者は、いなくなってしまうでしょう。

お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんかというアナウンス

2017年1月10日

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