医者にとっての同意書というのは、主婦にとっての掃除みたいなものです。
それくらい、日々の臨床では身近なものなのです。
何か検査をしたり、治療をしたりする際には、今や同意説明文書なしには、何も行えない時代になっています。
ただし病院で患者さんにお渡ししている同意説明文書は長すぎる、と感じることも多いのです。
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同意書にはどんな種類があるか
病院で患者さんが受け取る同意書には、いくつか種類があると思います。
一番私たちが同意書を持ち出す場面が多いのは、治療や検査に関するものです。
どの治療や検査もそうですが、病気が診断できたり、病気が良くなったりするというメリット裏に、必ずデメリットがあります。
診断という病気に対する治療の前段階においても、医療者側に明らかな過失がなくとも、死亡に至ってしまう場合があります。
例えば造影剤とよばれる注射薬を用いてCTを撮影した場合に、急性のアレルギー反応が出て死亡してしまう事例は必ずあります。
確率は10-40万人に一人くらいと言われており決して確率は高くはないのですが、死亡例が報告されているのです。ですから、検査1つとっても侮れないのです。
ましてや治療となれば、そのリスクはすごく大きくなります。
食道がんや膵臓がんなどの時間の長い手術では、手術に関連した死亡率は百人中数人のレベルで発生してきます。
ですからこのような診断や治療を行う前には、患者さんに十分な説明を行い、同意書にサインをもらう必要があるのです。
同意書を取る目的とはなんでしょう
同意書を取る目的は、患者さんに、医療者側が行おうとしている検査や治療について知ってもらうことにあるかもしれません。
よく言われることなのですが、同意書自体には法的な有効性は全くありません。
患者さんが同意書にサインをしたからといって、どんなことが起こっても病院に文句を言えない、ということではありません。
同意書に署名があったとしても、医療者側に過失があった場合は、裁判で病院側が敗訴してしまう事は全く珍しくありません。
ただし十分に説明を聞いた上で、何かしらトラブルが起こるのと、全く何の説明もなくトラブルが起こってしまうのでは、患者さんの受け止め方も違ってきます。
ですから同意書にサインをしてもらうという目的は、病院側の責任を免れると言うよりは、患者さんと医者の信頼関係を築くということに重点が置かれているのでしょうか。
同意書の内容はどんどん長くなっている
さて、ここからが本題です。同意書がどんどん長くなっている、そんな話です。
医療情報がインターネット上にあふれ、患者が容易にアクセスできるようになりました。
また週刊誌やテレビなどでは医療ミスが頻繁に取り上げられ、ひと昔前に比べると医療機関の信頼性は失われてきました。
その結果、以前では表に出てこなったような微妙な案件までもが訴訟案件として扱われるようになっています。
このような医療裁判に対する病院側の対策のひとつが、長々とした詳細な同意説明文書を作り、検査や治療の副作用についてあらかじめ十分に説明しておくことであったのです。
それに伴って、病院で使用される同意書の内容は漏れがないようにどんどん細かくなっています。
普段使っている検査や治療の説明同意書は、長いものにもなると、A4の紙5ページ位まで及びます。
これを全部読もうとすると、短編小説を読む位のボリュームになってしまうのです。
大学病院の勤務時代に使っていた同意説明書などは、あまりにも長すぎて患者さんから「全部説明しなくてもいいです」と言われることもありましたし、医療者側の判断で部分的にだけ説明していたこともありました。
それだけ長すぎて、全部説明しきれないのです。
同意説明文書の内容は理解するのが難しい
長い長い説明文書なのですが、書いてあることはすごく難しいのです。
患者さん向けに説明してある同意説明文書はわかりやすく書かれてあるといっても、書いてある内容自体はすごく難しいことが多いですね。
それに書いてある内容の重要性、重篤性は、医療関係者でなければわからないことが多いのではないでしょうか。
携帯電話を契約するときには、料金プランについていろいろと説明を受けますが、料金プランについてすべてを正確に理解するのはすごく難しいのですね。
はっきりってどれが1番自分に合っているのかよくわかりません。
普段ある分野になじみのない人間は、その分野を深く理解しようとするのは、すごく難しいのです。
医者側にとっても説明するのがしんどい
患者さんにとっても理解するのが難しい同意説明文書なのですが、これは医者側にとっても負担になっています。
というのもの、外来での診察時間というのは、大抵20分とか30分とかで設定されています。
外来で同意書を取得する場合には、どんなに長い説明文書であっても同意文書の内容を説明し、時間内にサインを貰わなければなりません。
医療者側にとっては患者さんに理解してもらおうとゆっくり説明しようとすると、診察時間が足らなくなります。
一方で次の患者を待たせないようにと、早口で説明しようとすると、患者さんがよく理解できないというジレンマに陥ってしまうのです。
昔の同意書はすごく簡潔だった
数十年前までは、医療者側の一方的な説明で患者さんは治療を受けてきました。
昔のカルテを読み返していて、今だったら10ページぐらいかけて説明している治療の説明同意文書が、わずか4行くらいで完結されているのを見て驚いたこともあります。
そんな時代も終わりを迎え、いまでは検査や治療に関する説明というのが、どんどん詳しくなって来ているのです。
採血に関しても説明が必要な日が来るかもしれない
今後、医療訴訟の増加に伴って、ますます同意説明文書を使う機会は、増えてくることが予想されます。
注射ミスで後遺症 日赤に6100万円賠償命令 静岡地裁判決 /静岡
手術前の注射が原因で左腕がまひする重度の後遺症が残ったとして、静岡市内の30代の女性が静岡赤十字病院(同市葵区)を運営する日本赤十字社に約7000万円の損害賠償を求めていた訴訟で、静岡地裁(細矢郁裁判長)は24日、日赤に約6100万円の支払いを命じた。
毎日新聞 2016.3.25
うーん、採血でもこのような重大な障害はどうしてもおきてしまうんです。
今のところは、採血ひとつに関して、わざわざ同意書に患者さんからサインをもらっている病院はないかと思います。
ただしこういう訴訟の例があると、採血についてもいろんなリスクがあるということを事前に説明しなければいけない日が来るかもしれません。
採血というのは最も基本的な検査ですから、入院・外来を問わず多くの患者さんが受ける検査です。
採血に関して患者さんに説明を行い、同意書を取得するという行為は、病院側の負担を考えると全く現実的ではありません。
採血ですら同意書をとる時代がきたならば、もう病院の仕事は書類仕事ばかりで、医師や看護師の負担は計り知れないものになるでしょう。
採血専門に同意書を取得する病院職員が必須になること間違いなしです。今後はどうなっていくのでしょうか。
最後に。同意書を取得する仕事が減ることはないだろう。
時代の流れに伴って、医者が患者さんに対して十分な説明を行い、同意書を取る場面というのはどんどん増えていきました。
そしてこれからも同意書を取る場面というのは、増えることがあっても減る事はないでしょう。
このような背景を考えてみると、医者を含めた病院関係者が、患者さんひとりに費やす時間というのは、どんどん長くなっています。
科学技術の発達によって、人間の労働時間と言うのは本来減っていくべきものなのでしょうが、同意書の取得ということに関しては、消して今後も減ることはないでしょう。
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