医局を辞めていった同級生のはなし。優秀な彼はどうして辞めたのか




大学時代の同級生が、知らぬまに医局をやめていました。

彼と一緒に飲む機会があり、医局を辞めるまでの顛末にについて聞く機会がありましたので、書いてみたいと思います。

なお一個人を特定できないように、一部内容は変更しております。

順調

彼の医師としての滑り出しは、極めて順調な様子でした。

都内の全国的にも有名な病院で研修を行い、3年目から母校のメジャー内科の医局に所属していました。

学生時代からは部活動に熱心でありながら、試験には楽々パスしていましたし、人当たりも良好でした。伝え聞くところによると同僚や先輩などにも恵まれ、次々と仕事を覚えて行ったようです。

医師4年目となってからは大学病院を出て一旦は関連病院で働くことになりましたが、そこでも周囲の評価は高かったようです。

一緒に働いたことのある看護師に話を聞く機会がありましたが、「コメディカルにも優しく、患者にも優しい」そんな医者であったとのことでした。

大学院入学

医師5年目になってからは、勤務する病院はそのままに母校の大学院に入学することになったようです。

医師6年目には再び大学病院での勤務となり、同時に大学院生2年目になってからは、いよいよ基礎研究を本格的にスタートさせました。

配属された基礎研究室の力が強かったこと、また研究のタイミングが良かったことも合間って、国際学会を含めた学会発表の機会も数多く経験することができたようです。

普通の大学院生は4年かけて完成させる博士論文を、彼は大学院3年目の終わり頃には、完成させることができていました。そして大学院を3年目の途中には卒業していました。

4年間でも卒業の難しい大学院を、実質2年間で研究・論文作成を行なった成果に関して、医局内の誰もが彼の出世を信じていました。

不満

順調に成果をだしつつあった大学院での生活とは別に、彼はどことなく医局に対して不満を持ち始めているようでした。

彼が医局を辞めてからあとになって聞いた話によると、大学病院では自分自身の裁量で仕事を進めることができなかったことや、上司の無理難題をこなさなければならないなど、我慢することが多かったようです。

彼にとって1番不満だったのは、医局内の雑用業務を押し付けられてやらなければならない一方で、医局内の役職のある先生たちが、好き勝手に研究ばかり行っていることだったようです。

関連病院とは違う上司の姿に失望したのでしょうか。

確かに大学病院は、いろいろと特殊でかつ上下関係の激しい職場ですので、多くのことを割り切っていかなければ、仕事はできないでしょう。

私も彼と一緒に何回か食事をする機会があったのですが、そのことには全く気づきませんでした。

交渉

大学病院での活躍を期待されていた彼は、大学病院での納得できない状況の改善を目指して、教授に直談判に出たようです。

若手だけでなく役職ある医師も同様に臨床に対して責任を負い、そうでなければ口を出さないでほしい、というようなことを進言したようです。

また大学院を卒業してからは、大学病院ではなく一般病院での勤務を確約するように迫っていたようです。それだけ追い込まれていたのでしょうか。

教授のほうは彼を含めた医局員の境遇には理解を示しつつの、組織の統率を保つためには、譲歩してばかりもいられません。

教授からは大学病院内の人手不足もあり、3年後からの関連病院の勤務を提示されたようですが、彼は納得いかなかったようです。

諦念

教授との面談を終えて彼が悟ったのは、大学病院の組織を変えることが難しさです。

彼が医局を辞めてから話を聞いた時には「現実を変えるのは難しい。自分が去るか、我慢するしか選択肢がなかった」と話していました。

大学病院・医局は内部の人間が組織改革を行うことは極めて困難です。組織になじめない人間は、辞めていくしかないのでしょうか。

辞任

彼は教授との面談を終えてから、そのすぐ翌日に医局を辞める意思を伝えたと言うことです。

教授との間でどのようなやりとりがあったのか詳細はわかりませんが、彼にとっては失望する結果になったのでしょうか。

医師としての経験年数が10年未満で医局を辞めると例は、数年に1人くらいしかいませんので、教授、医局長などはたいそう驚いたようです。

そして教授に直談判してから数ヶ月後、送別会も行われないままに彼は静かに大学病院を去って行きました。

どうして彼は医局を去らなければならなかったのか

彼が医局を辞めると聞いて1番疑問に感じたのは、どうしてあれほどまでに能力がある人間が、医局を辞めなければならなかったのか、という疑問です。

彼は学生時代からの非常に優秀でしたし、実際に医者になってからも学会発表や論文作成の点では、同僚たちの一歩先を進んでいました。

おそらく大学に残って研究を行っていれば、スタッフとしてのポストも用意されていたでしょうし、その先には教授職を争うまでになっていたかもしれません。

そんな彼が医局を辞めなければならなかったとは、大学病院の中で生き抜いていくことの難しさを実感せずにはいられません。

単純に頭がキレるとか、能力があるわけでは医者の世界では出世できません。

難しい環境でも生き抜いていく、高度な適応力と忍耐が要求されているのかもしれません。

その後

彼は医局を辞めてしまったわけですが、実際はあまり困っていないようです。

幸いにも医局を辞めるまでに専門医の資格を取得していましたので、その専門性を生かしつつ、あまり医局の影響がない近隣の病院で働いているとのことです。

大学病院に勤務していた時よりも、給料アップし、時間的な自由を得ているということでした。

優秀な彼は医局を辞めて小規模の病院に勤務しているわけですが、結果的には自由な時間も増え、給料も増えて、ストレスなく働くことができているようです。

ただしそれと引き換えにアカデミックな世界で頭角を現していく、という道は絶たれてしまいました。

彼の生き方は、組織の中にいる人間から見れば、出世コースを外れた落ちぶれたものと言うわけですが、見方を変えれば、条件の良いところに転職したと言うことが言えるかもしれません。

組織からはじき出された人間が、組織の内部にいる時よりもより良い環境で働いているなんて、なんとも矛盾する話です。

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