医者にとっては誰かに叱責されてもスルーする能力が必要

若手医師のあいだは、いろんなところから色々な風に叱責されるのが当たり前です。

病院の中で検査や治療を指導してくれる、いわゆる指導医の中には、怒りっぽい人もいて、少し間違ったことをしているだけなのに、厳しく言われてしまうこともあります。

患者さんの中にも医者に対して理不尽に立腹される方がいます。

客観的に考えて極めて正しい医療を提供していたとしても、わずかな言葉遣いの乱れとか、結果が伴わない医療を行うことによって、病院の中で激昂されてしまうこともしばしばあります。

このような病院の中での怒りに対しては、真正面から受け止めずに、スルーすることが必要ですよ、という話です。

怒りを真正面から受け止めないことが必要

周囲の人々の怒りというものを常に真面目に考えてしまっていては、精神的にすごくストレスになってしまいます。

特に真面目な先生に多いのですが、自らに対する叱責を深く考えてしまい、精神的に不安定になってしまう例はよくあります。

誰かに怒られて幸福を感じる人間は皆無で、ストレスを感じる人が大多数でしょう。

このような他社の怒りを全身で受け止めることによって、職場を一時的に休職したり、医局を辞めてしまったり、さらに医者を辞めてしまったりしてしまうことを、たまに見かけます。

どうして真正面から怒りを受け止めてしまうのか

医者も10年とか15年ぐらい経ってくると、そもそも誰かに怒られると言う事はあまりないですね。

また病院の中ではルーチンワークのように医療を行うことができますから、自分の中での成功と失敗というのが確立されていることが多いかと思います。

怒りっぽい患者への対応なんかも、慣れてくるわけです。

一方でまだ若手の先生だったり、研修医だったりする場合には、何が正しくて何が間違いなのかわからないことも多いです。

自分が今行なっていることが、果たして正しいのかどうかの確信もないままに、医療を提供していることも多いのは事実かと思います。

ですから指導医から理不尽な叱責を受けていたり、患者さんから理不尽な怒りをぶつけられたとしても、自らへの愛の鞭とか、自分が悪いんだ、と考えてしまって、どうにかそれを解決しようとしてしまうわけです。

しかし客観的に見ていると、これは怒っている医者や患者の方が間違っているなぁと思うこともあって、これらの怒りを受け流している研修医の方が、ストレスなく病院で勤務できていることも多いのが事実かと思います。

そして、そのような怒りを受け流すのがうまい研修医は、長く医者生活を続けられる傾向にあるように思います。

真面目さと多少のことを無視するバランスが重要

ある先生がおっしゃっていたのですが、

医者を長く続けるためには、もちろん真面目な性格というのは大切だが、一方で周囲の怒りを受け流す力も必要である」と言うことをおっしゃっていました。

確かに、言われてみれば、教授の理不尽な要求を受け流し、患者の怒りに対してはむしろ患者がおかしい、と決めつけ、指導医の指導を一部無視する若手の先生の方が、長く医者生活を続けているように思います。

すべての怒りを真正面から受け止めていては、精神的に疲弊してしまい、途中でドロップアウトしてしまう可能性があると言うことでしょうか。

最近よく言われる、鈍感力という力こそが、医者にとっても長く続けるためには必要なのかもしれません。



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