法医学・司法解剖の概要について。馴染みは薄いが重要な分野

医学部の専門課程に入ると、法医学分野を学んでいくことになります。

法医学というと専門にしている医者は日本でも数えるほどしかいませんし、一般病院に勤務している限りは、接することもほとんどありません。

そんな法医学分野ですが、死因が不詳の遺体について解剖を行うことによって、真実を明らかにする重要な役割を担っています。

ここでは、法医学の大きな仕事である、解剖業務について書いてみたいと思います。

法医学とは、法律に関わる医学である。

法医学とは、文字通りに法律に関わる医学です。

簡単には死亡した人間の死因を特定するための医学といっても良いでしょうか。

たとえば朝日新聞の下記の記事では、しれっと法医学の果たす重要な役割が記されています。

妻の体内に多量の砂 水難事故装い殺害容疑 和歌山

犯罪の可能性がある遺体が見つかった場合には、警察による捜査が行われます。遺体の死亡原因を特定するために行われるのが、司法解剖です。

和歌山県白浜町の海岸で昨年7月、水難事故を装って野田志帆さん(当時28)が殺害されたとされる事件で、事故死としては不自然なほどの多量の砂が志帆さんの体内から見つかっていたことが捜査関係者への取材でわかった。

県警は殺人容疑で逮捕した夫の孝史容疑者(29)=大阪市天王寺区=が被害者の顔を浅瀬で沈め、殺害した疑いがあるとみて調べている。

朝日新聞 2018.4.19

一見自殺に思われた海岸での事故が、様々な状況証拠から他殺と認定された事件です。

この事件では、被害者の体内から大量の砂があったことから、殺人の可能性を考えるきっかけになりました。

仮に遺体を砂場に埋めたとして、口腔内までは多量の砂が貯留することはあっても、体の奥まで砂が蓄積することはないでしょう。

これはつまり、生きている間に砂を大量に飲まなけれなばならない状況にあったと考えるのが合理的であり、つまりは第三者によって殺害されたと推測されるわけです。

火災現場の自殺・他殺

そのほか有名な例では、法医学における解剖では、火災現場での遺体が自殺遺体なのか他殺遺体なのかを判断することも可能です。

火災現場で見つかった遺体があったとして、もし肺や気管の中が黒ずんで灰などの成分が付着していれば、その遺体は火事が起きたときには呼吸していた証拠になります。

一方で火災現場のど真ん中にいながら、肺などの呼吸器系に全く灰が付いていないような場合には、これは火災が起きたときにすでに呼吸していなかった証拠になります。

ゆえにこの場合には火災が起きた時には、すでに死亡していた可能性がある、ということになります。

このようにご遺体は真実を語る重要な証拠となり得るのです。

法医解剖の現場は厳しい環境である

法医学のメインである司法解剖はすごく厳しい現場です。私も数回ほど、法医解剖に同席したことがあります。

解剖される遺体は発見されるまで、そして司法解剖される現場に運ばれるまでに、死後時間が経っています。大抵の場合は数日単位で経過しています。

人間の死体は言わば生肉と一緒ですから、時間が経つにつれ腐敗が進み、強烈な異臭を放つことになります。

冬場であれば遺体の腐敗はあまり進まないので困ることは無いのですが、夏場であればどんどん腐敗が進むので、解剖が行われる部屋の中は異様な匂いで満たされることになります。

ご遺体の解剖の準備ができた段階で法医学の医師は部屋に入っていくわけですが、すでに前室から異様な匂いがするわけです。

そしていざ遺体と対面すると、無数の虫が集って遺体に群がっているというようなこともよくあるそうです。

実際の司法解剖の手順

まずは解剖を担当する医師と助手が、遺体の体表を観察しながら、いろいろと所見を述べていきます。

腐敗の程度の進み具合からは、死後何日経っているかがわかります。

刺し傷や首を締めた痕跡があれば、これらが死亡原因に深く関わっている可能性があります。

アメリカなんかでは、銃創がよくみられるなんて話も聞きます。

遺体からわかること

例えば首を締める、という行為一つとっても、首の前側に締められた痕があるのか、それとも首の後ろ側に締められた痕があるのかによって、この遺体が前から首を締められたのか、後ろからなのかということが分かってきます。

首の後ろ側に締めた痕があるとすれば、ちょっと自殺とは考えにくいですよね。

首つりをした場合は大抵首の前側に締めた痕ができるはずです。

また遺体の指先にロープや紐の痕がくっきり残っている場合、これも自殺の可能性は低くなるでしょう。自殺する人間がロープと首の間に指を入れたりはまずしないでしょうから。

このようにして遺体を注意深く、体の外側を観察するだけでも随分いろんなことが分かります。

実際の解剖の流れ

一通り体表面を観察し終えると、体にメスを入れて各臓器を切り出していき内部の所見などを確認します。体の内部も重要な情報を与えてくれます。

腎臓、肝臓、小腸や大腸、胃、肺など、体内の主要臓器は全て見ていくことになります。

各臓器の外表を観察し、メスで分割しながらうっ血しているかどうかなどを見ていくことになります。

必要あらば顕微鏡でも観察できるように、さらなる準備を進めて行きます。

そして最後にはドリルを取り出してきて、ウィーンという音を立てながら頭蓋骨を外します。

静まった解剖室の中でドリルで頭蓋骨を離断している様子は、まさにこの世のものではないような感じでした。

頭の中に出血があるかどうか、脳の損傷があるかどうかは死因に直結しますから、やはり頭の所見は重要ですね。

こうして解剖が終わるまでは、おおよそ2時間くらいといったとこでしょうか。

法医解剖と病理解剖とは全く違う

Wikipediaには「司法解剖はやることは病理解剖と全く変わらず」とありますが、これは必ずしも正しくありません。

病理解剖は細胞を顕微鏡でみることを専門とする病理医が、病院の中で死亡した患者の、病死の原因を突き止めるための解剖です。

したがって病理解剖で解剖される遺体は、病院の中で死亡した患者でであり、目的は病死の原因を探ることと決まっています。

病院中で死亡したご遺体ですから、病理解剖では体表に刺し傷や、首を締められた痕跡というのもありません。

むしろ病院に入院しているにも関わらずそのような傷があったとすれば、即刑事事件になってしまいます。

それに病理解剖の場合は多くの場合は死後24時間も経たないうちに解剖が始まりますし、またそれまでは病院の中に安置されているので、ご遺体は非常に綺麗です。

病理医は司法解剖で行われるように遺体の体表や外見を観察することはあまりなく、どちらかというと体の内部に原因を求めていくことになります。

体の外見を観察するとしても、せいぜい浮腫があるかとか、眼に黄疸があるか、といった程度でしょうか。

法医学に携わる医師は不足している

法医学者は全国でも圧倒的に不足しています。

基礎研究者が不足している現在の医学部の事情にあって、法医学はさらに人材不足のようです。

法医学に携わるためには、医学部を卒業した後、大学医学部の法医学教室で学ぶのが一般的でしょうか。

もちろん初期研修の臨床医を数年経験してから、でも遅くはありません。

医学部の授業で法医学に触れる時間というのは、基礎の授業である生化学や薬理学と比べても非常に短いですし、国家試験で出される範囲もかなり限られています。

学生にとっては少し距離のある学問ということでしょうか。

また法医学と言う分野は、イメージだけで述べるならば、暗くてどこかいいじめじめしたイメージがあります。

事件、遺体を扱うというのは非常に重要ですが、どうしても明るいイメージとは離れていますね。

以上のような理由で法医学者の担い手が少なくなっているのでしょうか。

まとめ

2018年には石原さとみを主人公として、法医学者をテーマとした連続ドラマ・アンナチュラルも放映されました。

病院で働く臨床医だけでなく、それ以外で働く法医学者も不足している医療業界は、厳しいものがありますね。

医学部の解剖学実習で学ぶこと。最も大変で医学部らしい授業である

2018年3月6日

病院の中で行われる病理解剖の概要について。死因を特定するために行われる解剖

2017年12月30日

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