輸血を拒否する患者さん。自己決定権をどこまで尊重するか悩ましい

輸血とは、体内の血液が不足した場合に行われる処置です。

しかし患者さんの中には、宗教的な信仰に基づいて輸血を拒否される方がいます。

このような患者さんへの対応は、すごく難しいのです。

実際に経験した輸血拒否の症例

私もある病院で勤務していた頃、輸血を拒否する患者さんを担当したことがありました。

その患者さんは侵襲的な処置が必要だったのですが、一通りその処置の説明をして最後のところで、私が輸血が必要になる場合と話したところ、

「私は宗教上の理由で輸血はできません」

と言われてしまいました。

こうなると医療者側としては非常に困ってしまうのです。

どんな治療だって輸血に至るほどのリスクがないものはありませんから、輸血拒否となってしまえば侵襲的な治療をすることができません。

一方で患者が治療を拒否したのだから治療せずに死んでも仕方がないとするのは簡単ですが、果たしてそのような考えが受け入れらるかは大いに疑問です。

どこからともなく親戚が現れて医療裁判になってしまえば、医療者側の正当性を主張するのは相当に疲れそうです。

輸血拒否の症例にどのように対応すべきか迷う

当時勤務していた病院にはそのようなマニュアルがなく、私1人の判断で動かなければならない状況でした。

それに医師になってまだ数年しか経過していないような状況でしたし、上級医に相談しようにもあまり真剣に取り合ってもらえず、すごく困った記憶があります。

無理やり輸血することに同意させるのは、難しい話だとなんとなく理解していました。

かといって輸血をしないで死にゆく患者さんをただ傍観しているのは倫理的にありえない話です。

最終的には私の判断、勤務している病院で対応できる案件ではないと考え、近隣の総合病院に搬送することにしました。

どうやら輸血拒否の患者さんを積極的に受け入れる病院がいくつかあるそうで、患者さんの中ではある程度知られているようです。

輸血拒否に関する判例

このような輸血拒否の意志を示される患者さんの対応は、実に注意しなければなりません。

そしてたくさんの病院で多くのトラブルが発生しています。

法の観点からも難しい案件であり、例えば生命を救う目的で輸血を行なったにも関わらず、裁判で敗訴した事例があります。

エホバの証人輸血拒否事件(エホバのしょうにん ゆけつきょひじけん)とは、宗教上の理由で輸血を拒否していたエホバの証人の信者が、手術の際に無断で輸血を行った医師、病院に対して損害賠償を求めた事件。輸血拒否や自己決定権について争われた法学上著名な判例である。

WIkipedia: エホバの証人輸血拒否事件

これは輸血拒否の方針をとっている患者の手術で、明確な同意を得ることなく輸血を行なったが故に、精神的な苦痛を理由に病院側が提訴され、敗訴した事例です。

非常に有名な裁判なのですが、医療者側にとっては衝撃的です。

同人の人格権を侵害したものとして、同人がこれによって被った精神的苦痛を慰謝すべき責任を負うものというべきである。

医療者としてはあまり理解できないのですが、命を助けるために必要な処置よりも、患者の自己決定権が尊重されているのです。

輸血拒否の意思と医療者側の葛藤

輸血拒否をされる患者さんにおいて、果たして本当に自己決定権が優先されるべきか、生命の維持が優先されるべきかは、難しい問題です。

患者さんの自己決定権が優先されるべきなのは間違いありませんが、だからと言って果たして本当に患者さんを見殺しにしても良いのでしょうか。

早く死にたい」と病院でおっしゃる患者さんに、安楽死を勧めることは、今の日本の法律下ではありえないことです。

一方で輸血拒否の信条が宗教的理由に由来している場合には、輸血せずに死ぬのもやむなしとのことですから、なんともわからないところです。

輸血拒否の患者に対する最近の病院の傾向

生命に危機が及ぶ場合にどのように対処するのかは難しい問題なのです。

現在では上記の判例を参考にして、十分な説明と同意のもとに輸血を拒否するという患者の自己決定権を尊重するような流れがあるようです。

私が勤務している病院においても、輸血を拒否する患者さんが治療を受ける場合には、十分な説明と同意のもとに、何があっても輸血をしない方針となっているようです。

つまりは患者さんの命よりも意思を尊重しようという方針のようです。

しかしながら緊急事態の場合には、患者さんに十分な説明を行うことも、同意を得ることの余裕もないでしょう。

今にも死にそうな患者に「あなたは輸血を希望しますか?_」なんて聞くことはほぼ不可能です。

輸血拒否の意思と自己決定権の尊重の間には、必ず乗り越えなければならない壁が発生するでしょう。

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